人の感情とは必要なのか:感情の哲学

人文学

感情と理性は対比的に語られることが多い。しかし、本当に理性に対比されるようなものであれば、進化の歴史の中で感情は失われていっただろう。実際には感情には重要な機能があるのではないか。今回はそんなお話。

感情とは何なのか

感情の本質は何か

まずは、何を指して感情と呼んでいるのかを考えてみよう。
「山でクマに出会って怖かった」という場合を例にする。この出来事は以下のような要素に分解できるだろう。感情にあたるのはどれだろうか。
 ・知覚:クマを見つける
 ・思考:襲われそうだと考える
 ・身体反応:鼓動が早くなる
 ・感覚:背中に寒気を感じる
 ・行動:思わず後ろに飛び跳ねる
このうち知覚と行動は、他の出来事、例えば未来に対する不安、のような場合を考えると本質ではなさそうだ。感覚が一番感情と直結しているように見えるのではないかと思うが、まずは残りの、思考、身体反応について議論していく。

身体反応について

まずは身体反応こそが感情の本質ではないか、という立場について。
「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ。」という言葉に代表される、ジェームズ=ランゲ説がこれに当たる。身体的な変化をもとにして感情が生まれる、という説だ。

これに対する批判としては、この説では感情がもつ価値評価の機能を説明できていないという点がある。
価値評価の機能とは何か。例えば「喜び」の感情はどんなときに生まれるかを考えてみよう。幸運に恵まれたときや目的を達成したときなどが想像できる。このことからは「喜び」の感情には、個別具体的な出来事をもとに「自分にとって都合の良いことが発生した、ということを認識する」役割があるといえる。同様に「恐怖」の感情には「避けるべき危険が迫っている、ということを認識する」役割がある。こうした役割は、”自分の周囲の何かを対象として”感情を抱くことによって実現できる。一方で、身体反応は自身の体の一部を対象としているに過ぎない。そのため、こうした価値評価の機能は持ちえない。

ただ、再現性に議論があるが、表情を作ることが感情に影響を与えると示唆される表情フィードバック仮説の実験もある。身体反応が無関係であると即断はできない。

思考について

身体反応では不足があるのであれば、そこに思考の要素を加えることで説明できないだろうか。
この「思考と身体反応の組み合わせ」として感情を理解しようとする立場に、情動二要因説がある。身体反応を思考でどう解釈するかで感情が決まるという説だ。

これは吊り橋効果で説明される。鼓動が早まった状態を、異性に対するものだと思考が解釈すれば恋愛感情となるし、そうではないと解釈されれば吊り橋における恐怖の感情になる。吊り橋効果は美人に対してしか効果がないことが示されているように、ここは思考に依存している。相手が美人でない場合、その鼓動が吊り橋によるものであることを人間は冷静に判断できるのだ。

一方、思考によって身体反応が生じるという、情動二要因説とは因果関係が逆となる説もあり、ラザルスの認知的評価理論と呼ばれる。実験では、グロテスクな映像を見た場合でも、それが文化的にどういう意義があることをしている映像なのかを説明されていれば不快感が抑えられることが示されている。体験的にも、知識の有無によって絵画に感動するかが異なることは想像に難くない。

このように因果関係には両パターンがあるものの、思考と身体反応があわさったものとして感情を理解することはできそうだ。
つまり感情とは、思考によって状況の価値づけを行い、それに対応する身体反応をとること、ともいえる。

「感じていない感情」の存在

ここまで、背中に寒気を感じるようなこと、「感覚」を外して記述してきた。
一見、感覚は感情そのものと言えそうだったのだが、感情を価値づけと対処の機能と考えると、感覚はもはや必要要件ではない。つまり感覚がない、無意識の感情というものがありうることになる。

実際、コカイン中毒者を対象にした実験で、複数の点滴の一部にだけコカイン入りのものを交えていると、本人は違いを認識していないのに、結果的にはコカイン入りのものを選好していた、という結果もあるらしい。

AIにも感情は持てるのか

このような無意識の感情を認めると、AIやロボットにも感情は持てる(すでに持っている?)と考えることもできる。状況に対してその価値を評価、対処すればよいからだ。

そう言われると、理屈としては確かに正しいのだろうが、そういう話を言っているのではない、という気もする。気にしているのは感覚を持てるかどうかなのだと。しかしその議論をするには、まずは人間の意識はどういうものなのかを知らねばならず、これは意識のハードプロブレムと呼ばれる難題となっている。

理性的であるためには感情が必要

感情が価値判断・対処の機能をもつことから推察されるように、感情と理性は対立するものではない。それどころか、感情がなければ理性的な行動がとれない、という実験結果もある。感情に関わる脳部位(VMPFC)を損傷した患者の場合、合理的に考えると不利な選択肢を繰り返し選ぶような行動が見られるのである。実験では、アイオワ・ギャンブリング課題という、複数のデッキからカードを選択する実験が多く用いられている。

こうした結果から、神経科学者のダマシオは、感情に伴う身体反応がその対象の価値を表す目印になっており、その目印が意思決定に関与しているという、ソマティック・マーカー仮説を提唱した。

その他

感情に関する他の話題

感情に関しては以下のような論点もある。
・恐怖というマイナスな感情を得るのがわかっているのに、なぜホラー映画を好んで見るのか。
・フィクションだとわかっているものに対して、なぜ恐怖を感じられるのか。

参考図書など

1.源河亨「感情の哲学 入門講義」
 https://www.amazon.co.jp/dp/476642719X

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